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青葉の放言

大学生の戯言を綴っています。身の回りの出来事から政治・社会問題に至るまで雑多なことを書き連ねております。

投票に行くべき理由・行かなくて良い理由

投票せずじまいの私

 明後日10日は参議院議員選挙の投票日となっています。選挙権が18歳以上に引き下げられたことで非常に注目度の高い今回の選挙ですが、期日前投票不在者投票も進んでいます。各地で期日前投票投票率が発表されていますが、前回よりは上昇しているようです。

 私も投票しようと思いましたが、不在者投票の手続きが遅れたため投票せずに投票日を迎えてしまいます。そして今週末は所要につき東京へ向かうため、結局投票権を行使せずに選挙を終えてしまうことになります。

 今日は、罪滅ぼしというわけではありませんが、今回の選挙における投票することの意味や無意味について語っていきたいと思います。ここで「無意味」と言ったのは、投票なんかさらさら行くつもりはないよ、という人たちの弁護もしてみようと思ったからです。「投票に行くべきだ」という風潮に抗う天邪鬼な私ですが、まずは世の中の流れに乗って「投票に行くべき理由」を考えてみましょう。

投票に行くべき3つの理由

 今回、若者が投票に行くべき理由は大きく分けて3つあります。

 1つ目は、さんざん言われている通り、「若者のための政治が実現するから」です。「高齢者に3万円給付」のニュースの際にも明らかになった通り、近年の政治は明らかに高齢者優遇傾向にあります。借金を背負い、年金が消え、少子化が進み、、。正直言って、現代の若者世代の未来はお先真っ暗なのです。そんな中、18歳参政権に際して各党が「給付型奨学金」を検討するとしています。政治家というのは、票がなくては何もできない存在なのです。ですから18歳参政権が導入される今回の選挙で、ようやく給付型奨学金の導入が検討されているのです。

 もし今回、給付型奨学金や若者向けの政策に支持が集まれば、今後も若者向けの政策が徐々に徐々に増えていくはずです。若者の投票数が多くなればなるほど、たとえそれが白票だったとしても、若者が政治家を動かすことができるのです。「若者のための政治」を実現するための流れをつくる重要な選挙であると言えます。

 2つ目は、「政権への不満を示すことができるから」です。投票することは現状の政府を白紙委任することだ、とよく言われます。少しでも不満があれば、それを変える権利が私たち国民にはあるのだ、と。

 安倍政権への不満、というわけでは必ずしもないと思います。野党に不満を持っていれば、与党に投票すれば良いのですから。「怒り」「不満」というエネルギーを投票という形で示すのもこの選挙の大きな意義なのです。

 3つ目は、――あまり語られていませんが、――「今回が投票習慣をつけるきっかけだから」です。今回はとりあえず選挙に行こう、選挙に行こう、と有名人も政治家も評論家も口を揃えて言っています。10代・20代に対するメディアの注目度も非常に大きくなっています。しかしながら、次の国政選挙で、メディアは今回と同様の報道を行うでしょうか?選挙管理委員会も10代向けの企画を連発するでしょうか?正直言って、今回限りだと私は思っています。たとえ今回の選挙で若者の投票率が上昇したとしても、次回は間違いなく下落します。全体的に「選挙に行かなくていいや」という空気がはびこるのは目に見えています。世間の選挙熱が冷めることを考えると、今回投票に行かない人たちにとっての「はじめての投票」は永遠にやってこないかもしれません。

 以上が投票に行くべき3つの理由です。

投票に行かなくてよい理由

 冒頭で述べた通り、私は今回の選挙で投票しません。しかし、不在者投票が間に合わないとわかった後も迷いました。やはり、地元に帰省してでも投票すべきなのではないか、と。それでも最後は「投票しない」という選択をしたのです。そこには、2つの大きな理由がありました。

 1点目は、「改憲勢力が3分の2を超える情勢」と報道されたためでした。まず、私は特別与党を支持しているわけではありません。しかし、野党の「護憲」「3分の2阻止」という路線も支持していません。そのような状況になったとしても、特に不満を持つわけではありませんでした。従って、投票することに対するインセンティブはそれほど発生しなかったのです。

 続いて2点目。今回の隠れ争点は憲法改正ですが、それは国民投票で決めることだからです。野党が3分の2阻止を声高に叫んでいますが、あれには少々見当違いなところがあります。というのも、国民が憲法改正に関して判断を下す機会は、選挙ではなく国民投票だからです。ここで仮に与党が3分の2をとっても、「憲法改正」というビッグイシューについてはまた判断する機会があります。「次でいいや」というと相当無責任に聞こえるかもしれませんが、今回判断すべきは安倍政権の政権運営であって憲法の改正ではないなのです。

 まとめると、「改憲勢力3分の2超」という結果に不満がない人、また、来るべき国民投票で意思を示すつもりのある人は今回投票する必要が必ずしもない、ということになります。投票するかどうかまだ迷っている人は、「投票すべき理由」と「投票しなくて良い理由」を見比べて決めてほしいと思います。

私の「民主主義」観

 世間的には「投票率向上」が一種の流行語になっていますが、私は必ずしもその必要はないと思っています。投票したい人は投票すれば良い、投票したくない人は投票しなければよい、というスタンスです。

 このスタンスは、私の「民主主義」観と密接に関わっています。「民主主義」というと、左寄りの人たちを思い浮かべるかもしれませんが、ここでいう民主主義とは、もっと本質的なものであり、得体のしれないものです。言うなれば、「市民の素朴な感覚による政治」ということになるでしょうか。

 大人だって、政策を吟味して投票しているわけではありません。しかし何かしらの思いがあって投票しているわけです。民主主義国の象徴であるようなイギリスでさえ、「Bregret」するような時代です。投票の時には一生懸命考えたにもかかわらず、です。理性や合理性やデータだけで語るより、市民の素朴な感覚で政治を捉えた方がしっくりくることも多いのです。

 何が言いたいかというと、細かな政策など考える必要はないから、素朴に行動すればよい、ということです。その結果として、特に投票する必要がないと感じたなら投票しなくてよい、何か不満があるなら投票すればよい、ということになります。自分の感情に正直でいること。それこそが本来あるべき民主主義、ナチュラルな民主主義なのだと思います。

おわりに

 投票するもしないも、一人一人の自由である、ということを述べてきました。しかし、その「素朴な感情」を持つためには、メディアとつながっていなければなりません。政治のことを少しでも考えなければなりません。

 お年寄りばっかりの社会でどうやって発展するのですか?将来みんなで貧しく暮らすことになるけどそれで良いのですか?テロ対策どうするのですか?自分の国は自分で守るべきだと思いますか?

 投票するにせよしないにせよ、今回の選挙を通じて、若者はすこしでも「政治」や「未来」に思いを馳せる必要があると思います。