青葉の放言

大学生の戯言を綴っています。身の回りの出来事から政治・社会問題に至るまで雑多なことを書き連ねております。

参院選総括① すれちがい選挙の果てに

「歴史的選挙」の「つまらない結果」

 先日行われた参議院選挙において、与党が勝利しました。なんとも予想通りの結果で、(政治に「面白い」という言葉は相応しくないのかもしれないけれど)正直いって面白くない結果だったことは間違いありません。「歴史的」と言われた18歳選挙権でしたが、10代の投票率は全体より10%ほど低い45%にとどまりました。同時に、全体の投票率も、過去3番目に低かった前回より高いとはいえ、それに準ずる低さでした。

<参院選>選挙区投票率54.70% 過去4番目の低さ (毎日新聞) - Yahoo!ニュース

 議席に関しても、2つの「歴史的」なことが起ころうとしていました。1つは、「改憲勢力による3分の2」でした。これに関しては今日のメインでもあるので後でじっくり書きたいと思います。もうひとつは、27年ぶりの「自民党単独過半数」でした。Twitterではトレンド入りもするなど、その可能性は十分にありましたが、結果的にはあと1議席という形で実現しませんでした。(その後、13日に平野達男参議院議員自民党に入党の方向を固め、27年ぶりの単独過半数が達成される見込みとなっています。)いずれにせよ、今一つ盛り上がりに欠ける選挙であったことは間違いありません。

憲法改正というウラの争点

 選挙が盛り上がりに欠けたのは、与野党双方の責任です。というのは、争点を設置した与党と、争点に乗らなかった野党、双方に非があるからです。

 安倍政権は、参議院選挙を迎えるにあたって、オモテの争点を経済、ウラの争点を憲法に設定しました。安倍政権の強みは経済であり、弱みは憲法問題に代表される民主手続きの履行だからです。有利な争点をオモテにおけること。これは政権与党の権力です。

 そのうえで、自民党が負けそうな東北や北海道に小泉進次郎衆議院議員を送り込み、必死の選挙運動を展開しました。明らかに優勢であったにもかかわらず、ここまで必死になったのは、与党側も「3分の2」を意識していたからでしょう。隠したのは確かに非があります。しかしながら、これがまさに権力というもので、憲法の「ウラの争点」化を責めるのには限界があります。

 野党は、「ウラの争点」で戦うことしかできませんでした。オモテの争点である経済に関しては、「成長と再分配」という点で基本的には一致していましたし、そこから先の細かい政策に関しては、程度問題や数値の良し悪しでしか語ることができていませんでした。「ばらまく自民党」に対して「超ばらまく民進党」になるのか、「自由を目指す民進党」になるのか(野党共闘していて構造改革を標榜するのは無理でしょうが)。そこのグランドデザインがあまりにぼやけ過ぎていたことが野党敗北の最大の原因です。オモテを語らずウラだけ語っても、全く魅力的でないのです。

 「ウラの争点」をしばらくしてから「オモテの議題」にするのは、安倍政権の「技術」であり「狡猾さ」です。それは諦めるしかありません。特定秘密保護法案も安保法案も、そうして通されてきました。1年もすれば憲法改正が議論の俎上に載ってくることは、間違いありません。そうであれば憲法改正論議について考え始めなければなりません。もちろん、経済やそこから生じる社会保障のあらゆる問題について考えることは必要です。しかしそれ以上に、憲法改正について真剣に考えなければなりません。憲法については、後半の記事の中で述べたいと思います。

すれちがい選挙の果てに

 今回の選挙は、一言でいうならば「すれ違い選挙」でした。投票を啓発するメディアと政治に関心のない国民がすれ違い、経済で勝ちたい与党と憲法を守りたい野党がすれ違いました。

 すれ違っていては、何も生まれません。様々な選挙分析のなかで三浦瑠麗氏の「参議院選挙総括 誰が負けたのか?」が大きな話題となっていました。その最後の一文は以下のように記されています。

 「絶望することなく、いや、正しく絶望したのちに再び歩み始めるのです。」

 すれ違い選挙の果てに私たちは何を絶望するべきなのでしょうか。絶えるべき望みも見つけられないままにこの選挙が終わってしまった気がしてなりません。