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青葉の放言

大学生の戯言を綴っています。身の回りの出来事から政治・社会問題に至るまで雑多なことを書き連ねております。

トランプ時代のメンタリティ(前)―――シン・ゴジラの精神―――

キタサンブラック的」トランプ政権 

 ここ一週間、トランプ大統領の名を聞かない日はありません。

 大統領令が乱発されていること、その中身が非常に過激なものであること。それが日本のメディアでは大きく報じられています。わずか2週間で、我々はおびえています。世界がおびえています。変化することにおびえています。

 

 今日考えてみたいのは、このトランプ政権のメンタリティです。「メンタリティ」というのは、精神なんとか学の用語でもなんでもなく、ただ、我々一般市民とトランプ氏が共有している感覚・気分、ということです。なぜトランプ氏が人気なのか?ということについては以前から拙文のなかで分析してきたわけですが、それでは、その背景にある民衆のメンタリティについて書いてきたのかというと「苦しみ」「辛さ」という表現しか使ってきませんでした。今日はそこについて真摯に、もう少し深く考えてみたいと思います。

 まずその前に、トランプ大統領政権のここまでについて振り返ります。その評価としては、国際政治学者三浦瑠麗氏のブログ記事トランプ政権誕生12日目 - 山猫日記が(これまで読んだ中では)一番優れていると私は感じています。

 その一部分を引用します。

 私は、トランプ政権の初動が、軍事におけるShock & Awe(衝撃と畏怖)戦略に似ていると思っています。衝撃を与え、息がつけない間に次々と攻撃作戦を展開していくというのは、心理戦を含めた現代戦の定石です。その前提は、攻撃側が圧倒的な軍事力を持っていること、そして、戦闘が長引くことで戦況が不利になるという読みがあるということです。言ってみれば、物量で相手の戦闘継続意思をくじき、それに対応している間に「勝利の既成事実」を作ってしまおうという考え方です。

 トランプ政権のここ2週間の動きに対しては、私自身も同様の捉え方をしています。七か国からの移民の受け入れを90日停止したことに関しても、この「衝撃と畏怖」の論理で語ることができるでしょう。本人の素性に関わらず入国を禁止することは、現在行われている禁止令以降行われないでしょう。とすれば、これ以降、「不法」移民のみを入国禁止にする、という政策は決して過激なものでなくなります。「かつて全面禁止にしたことがある」という既成事実(勝利の既成事実)は、不法移民政策を進めていくうえで重要な意味を持ってくるのです。

 わかりやすく言うならば、「キタサンブラック的」政権ということになるでしょうか。競馬に興味のない方にとってはますますわかりにくい表現なのかもしれませんが、他を一気に突き放してしまうような勝負は、スタートの興奮とともに観客を魅了するのです。(キタサンブラックのレースは以下をご覧ください。

ジャパンカップ2016 キタサンブラック 逃げ切り圧勝! - YouTube

 

違和感と熱狂の矛盾ーー「半数」のナゾ

 

 

 しかし、こういった政権にもろ手をあげて賛成するわけにいきません。わたしは、今回の移民受け入れ一時禁止について、日本のメディアに比べればかなり親和的に捉えています。少なくとも、難民認定率が1%に満たない日本が外側からとやかく言うべきではない、と私は考えています。しかし、政策以外の面では支持できない面もあります。オーストラリアのターンブル首相との電話会談の際、「ガチャ切り」したことが報道されています。女性差別的な面も含め、こうした振る舞いは、いくら「衝撃と畏怖」論理があるとは言え、常識的に受け入れられがたいものです。

 それにも関わらず、こうした政治に対して―――きわめて冷静に―――強い支持を示している人たちがいます。たとえば、世論調査では、49%の人々が前述の移民政策を支持しています。ですから、彼らがどのようなメンタリティをーー政策とは別に倫理的にーートランプ氏と共有しているのか、という点は考察に値します。

 半数の人々が激しい嫌悪と違和感を抱いています。方や、半数の人は熱いまなざしでトランプ政権を見つめ、信頼と熱狂の渦の中にいるのです。この構図は、単なるポピュリズムとは異なります。なぜ、大阪都構想も、EU離脱も必ず「半数」に分かれるのでしょうか。

 再び、先ほどの三浦瑠麗氏のブログを引用します。

 そんな手法が倫理的でないのは、わかりきった話です。ただ、2週間足らずの経緯を見るだけでも、トランプ政権の性格が見えてきたように思います。

 第一は、この政権は敵を作ることを恐れていないこと。変化を望んだ民意によって権力が支えられているというのもあるでしょうが、ある種、破壊の願望すらを感じます。

 ここで「破壊の願望」という言葉を読んだとき、かつて読んだある記事を思い出しました。宮台真司氏による映画『シン・ゴジラ』の論評 宮台真司の『シン・ゴジラ』評:同映画に勇気づけられる左右の愚昧さと、「破壊の享楽」の不完全性 | Real Sound|リアルサウンド 映画部 です。ここで語られている「破壊の享楽」こそが、トランプ氏の中を流れている、もっと言えば、世界の人々の心の底を流れている、現代のメンタリティなのではないかと私は思うのです。「半数」に分裂する現代の政治を紐解くカギがここにあるのではないでしょうか。

 

 後半では、破壊の享楽についてまとめたあと、我々日本人が抱く「トランプ願望」について考えてみたいと思います。