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青葉の放言

大学生の戯言を綴っています。身の回りの出来事から政治・社会問題に至るまで雑多なことを書き連ねております。

女性宮家の議論をどう進めるべきか

女性宮家の議論

 眞子さまご婚約の報を受け、天皇制の今後について記事を更新しました。多くのメディアも、眞子さまの結婚を祝いつつ「天皇制」のあるべき姿について識者の意見を報じています。私の拙記事自体は、女性宮家女系天皇を認める流れがやや弱くなり、旧宮家皇籍復帰が現実味を帯びてくるだろう、というものでした。

 国会では、「女性宮家の創設を急ぐべきだ」「早期に結論を出すべきだ」という意見が野党・民進党を中心に強くなりつつあるのも事実です。一方で「眞子さまのご婚約を政治利用すべきでない」という女性宮家反対論者の声も報じられています。自民党幹部から慎重論が沸きあがっているほか、八木秀次氏に至っては「旧宮家皇籍復帰しか選択はない」という趣旨でインタビューを受けています。自民党幹部の間でも意見が割れており、この問題が棚上げにされてきた所以を感じているところです。

 今回は、そうした意見対立に対しての、私の見方を簡単に書いてみたいと思います。

「ご成婚する前に」はダメ

 まず、私が懸念しているのは(可能性は限りなく低いですが)「眞子さまを皇室にとどめる」という展開です。今上天皇生前退位特例法案の付帯決議について、民進党の安住代表代行などが「早急に」女性宮家創設の決議を盛り込むべきという主張をしています。安住代表の「早急に」は決議に関してのことであり、「眞子さまを皇室に」という意図はないと思います。氏のメッセージには基本的に賛成です。しかしながら、急いだあまり「眞子さまが結婚後も皇室に残る」という展開は避けなければならないと思っています。

 眞子さまのご成婚までは一年以上あるとみられていますから、それまでのタイミングで女性宮家が創設されることは、可能性としてはあり得ます。しかしながら、ご婚約内定の報が世間に出てしまった以上、それは後出しじゃんけんに他ならないと思うのです。眞子さまの意思としても、女性宮家創設が決まる前に婚約をして、そのあとで女性宮家が創設され皇籍身分のままになるのは、複雑な心情でしょう。

 少なくとも、眞子さまに関しては、現行皇室典範12条にしたがって皇室離脱がなされるべきだと思っています。もちろん、今後の公務「的」な活動(黒田清子さんも宮中晩さん会などに出席していました)には、必要に応じ、ご本人の意思に基づき参加されれば良いのではないかと思っています。

女性宮家旧宮家

 そのうえで、制度に関する結論はやはり急ぐべきだと思っています。前回の記事でも触れた通り、未婚の皇族女子は、愛子さまを除き、いつ結婚してもおかしくない年齢にあります。この皇族方が次々と結婚ラッシュを迎えるような事態になれば、「旧宮家の皇族復帰」という選択肢しか現実としてありえなくなってしまいます。

 国民の総意に基づく天皇制について、そのような消極的選択は避けるべきでしょう。選択肢があるうちに決めておかなければ、「天皇」を認める人と認めない人がでてきてしまい、天皇制の実質が崩れてしまいます。そのためにも国民の議論の中で、少なくともあと5年後までには結論を出す必要があるでしょう。

女性宮家に親和的な理由

 前回の記事の中で、私は「女性宮家から女系天皇へ」という立場に与する人間であるということを述べました。それは伝統を崩すデメリットがあることも確かです。しかしながら、考えるべきは、『我々は「女系天皇」「旧宮家の皇族復帰」の2択でどちらを選ぶのか』ということです。何かウルトラCがあれば別ですが、実際はこの2択でしょう。

 そうして考えてみると、「男系男子」に合理的な理由があるのか?という疑問と向き合うことになります。もちろん「伝統」とどこまで向き合うのかという哲学的な話ともつながるのですが、私(20代)―――「男女平等」のスローガンが生まれた時からそばにあった―――の感覚としては、「男系」にこだわる正統性がどこにあるのかという思いの方が強いのです。そしてそうした感覚は、40代以下の層に広く浸透しているのではないかと私は感じています。

 こういうことを言うと「伝統の重みを理解せよ」という保守系の大人の方々からのご指導を受けることになるでしょう。「かつては女系天皇がいた」という論理が苦しいのもわかっています。

 とはいえ、憲法1条は「国民の総意」と言っているのです。小さいころから一挙手一投足を報じられてきた現皇室の方々と、制度によって「この人が皇族になりました」という旧宮家の人々。どちらが「総意」としてふさわしいのかということを考えれば、―――私個人の意見というよりも―――前者を選ぶ人の方が多いのではないかと思うからです。

女性宮家論の苦境

 眞子さまのご婚約が、女性宮家慎重論につながっていくのではないか、ということを前回の記事で述べました。現在未婚の女性皇族間で差ができるのは望ましくないだろう、という私の考えからです。一方で、多くの人が容認するのであれば、これからの女性宮家の創設が引き起こす事態に懸念を示す必要はなくなるとも思っています。

 具体的に考えられるのは、眞子さま皇籍離脱したのち、皇室典範が改正され、近い将来佳子さまがご結婚された際も皇族身分のまま皇室に残る、という状況です。この状況をどう見るかという問題です。望ましいか望ましくないかで考えたとき、私自身は望ましくないと考えています。眞子さま、佳子さまにそれぞれ子が誕生したとして、先に結婚した眞子さまの子は皇位継承権を得られない一方で、佳子さまの子は皇位継承権を得られるという事態になるからです。そこを割り切れるかどうかが女性宮家議論の今後の争点になっていくでしょう。割り切れるという世論の方が多ければ、そこに異議を唱える気はありません。

ダブル国民投票も視野に入れるべき

 

 もし、グダグダした国会議論の最中に未婚の女性皇族が全員結婚してしまうようなことになれば、それはこの国の天皇制というものの実質が大きく損なわれかねません。また、制度の行く末が極めてあいまいな状況では、未婚の皇族方も非常に不自由な選択を迫られることになります。眞子さまの意思も、他の皇族の意思も、尊重したうえで、「国民の総意」に基づく結論が急がれます。

 天皇制の行く末について、憲法改正国民投票(首相の目論見通りいけば、ですが)と同時に国民の信を問うてもいいはずです。むしろ私はそうするべきだと思っています。「総意」という重い二文字をいかにして実現させるか、他のアイディアも含めて、国民の側からも議論を起こしていかねばなりません。